映画「大統領の執事の涙」レビューで振り返る、黒人差別とトランプ選挙。民主党と共和党の違いとは?

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世界が驚いたトランプ当選。アメリカ大統領選は大きなニュースになったので注目されていた方も多いと思います。

異文化や女性、LGBTが差別されず受け入れられ活躍する自由の国アメリカ・・・そんなイメージとはかけ離れた今回の結果。実はそんなアメリカは、ほんの一部の都会だけなんだということが明らかになりました。

大統領選で毎回大きな分かれ目となるのは「民主党か、共和党か」

ニュースでは赤と青で分けられ報じられていますが、「リベラルか保守か」という違いでしか語られないことが多いので、今回はアメリカの歴史がよくわかる映画『大統領の執事の涙』をご紹介しながらそんな話にも触れていきたいと思います。


予告編動画はこちら

大統領の執事の涙

原題は“The Butler”、これはそのまんま「執事」という意味ですね。トルーマン大統領からレーガン大統領まで、8人のアメリカ大統領に34年に渡って仕えた黒人執事の物語です。

以前ご紹介した映画「フォレスト・ガンプ ~一期一会~」と対をなし、ふたつを観て初めてひとつの映画と言われるほどなので、フォレスト・ガンプを観たことがあれば、大統領の執事の涙も絶対に観ておくべき作品だと思います。

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時代背景として、南北戦争で奴隷が解放されたのは歴史でもご存知の方が多いと思いますが、実はそれから100年近くに渡ってアメリカ南部では黒人に選挙権はなく、学校も公共交通機関もすべて白人と黒人に分けられていました。

トイレも水飲み場も、白人用の場所を黒人が使うと逮捕され、殴っても殺しても罪にならないという状況が続いていたのです。

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映画でフォレスト・ウィテカー演じるセシルは、幼少期に殆ど奴隷のような扱いで農園で働かされていて、母は農園の息子にレイプされ、それに対して意見しようとした父親を目の前で容赦なく射殺されます。

自分は貧しく理不尽な思いをしたくない、家族にもさせたくないという思いでセシルは白人に使える執事となり、ホワイトハウスで働くことになりました。

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黒人に人権などなかった時代から、34年をかけて少しずつ地位が平等に近づいていく。その法案にサインする大統領たちの側で黙ってずっとそれを見ていたセシル。

そんな父親に、全然黒人の状況は変わらないじゃないか!何も変えてくれない白人の大統領に仕えて金を稼ぐなんて間違ってる!!と反抗し公民権運動にのめり込んでいく長男。

同じ願いを持つのに対立していく親子を通して、当時の黒人の様々なあり方が描かれていきます。父と子は一体どんな風に和解していくのか、彼らの親子関係にも注目です。

実在した「大統領の執事」

ホワイトハウスなんて名前ですが、当時下働きの人たちは黒人ばかり。「ハウスニガー」、家で働く奴隷と呼ばれていたんですね。

平気で黒人差別の話をする客人たちにも黙って給仕し、黒人も人間で、秩序やマナーを守りきちんとした仕事をする、社会の一員ですよということを体現していくセシルを、歴代大統領はいちばん近くで見ていたわけです。

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当時白人と黒人の分離教育を違憲とする判決は出たものの、黙って見ていても南部は絶対に変わらず差別をし続けるので、アイゼンハワー大統領は白人学校に入学した黒人の子供を守るため軍隊を派遣するほどでした。

ここから本格的に黒人差別撤廃への運動が始まっていくのですが、その運動に参加するセシルの息子は白人によって何度も殴られ、投獄され、意見の異なる父親からは勘当されてしまいます。

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実はセシルには実在のモデルがいます。

ユージーン・アレンという男性で、トルーマンからは愛称で呼ばれ、フォードは彼とゴルフの話をする時間を愛しました。

ケネディ夫妻はとても良い人たちだったそうで、JFKが暗殺された時にユージーンは崩れ落ちて泣き叫んだといいます。葬儀に招かれたものの、葬儀の後にホワイトハウスにやってくる客人に対応しなければならないので、と出席しなかったんだとか。

超保守派で知られるファーストレディ、ナンシー・レーガンにも賞賛され、公式晩餐会にも招待されました。辞任の際にはナンシーに抱きしめられ惜しまれたそうです。

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ユージーンが1986年に辞任した後、少しずつ政治の場にも黒人が登場し始め、大きく時代が移り変わっていきます。

2008年、黒人として初めて大統領選に出馬したオバマに投票するのを妻のヘレンとともに楽しみにしていたユージーンですが、選挙の前日にヘレンは残念ながら亡くなってしまいました。

オバマが当選したとき、ユージーンはどんな思いでテレビを観ていたのでしょうか。

映画のラストと同じく、90歳を目前にしたユージーンはオバマ大統領の就任式に招かれ、アメリカ初の黒人大統領就任を見届けた後、この世を去りました。

ブルーアメリカとレッドアメリカ

「大統領の執事の涙」で描かれた、セシルの執事としての34年間。

これは1952年から1986年まで、黒人が人間として扱われていなかったのは、本当につい最近のことなんです。

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南部は自ら黒人差別をやめたわけではなく、連邦政府が強制的に介入してむりやり平等にさせたので、今でも南部の白人の多くに根強くその反感が残っています。

白人至上主義を謳う秘密結社「KKK」(クークラックスクラン)なんて、歴史の話かと思いきや今でも実在しますからね~。

黒人差別問題を解決すべく積極的に取り組んだケネディ大統領とジョンソン大統領が民主党だったので、南部の白人たちは民主党から離れて保守的な共和党を支持するようになったという歴史があるんです。

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こちらは2008年、オバマが当選した大統領選の結果です。南部は見事に真っ赤ですね。

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これが2016年、今回の大統領選の結果。「南部だけじゃなくて中部も共和党支持じゃん」という感じがしますが、もともと共和党支持者の特徴は原理主義、敬虔なクリスチャン

アメリカを真ん中で分けるこの赤いラインは「バイブル・ベルト」と呼ばれています。

なんで中部ではあまり人種差別は問題にならないのかというと、ただ単に場所的な問題で黒人やアジア、イスラム系の移民が少ないからなんですね。気持ち的には超保守派なので、問題にならないだけで白人と黒人はキッチリ分かれて生活しているし、特に異教徒への差別は厳しいもののようです。

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そもそも共和党を赤、民主党を青に色分けするのがメジャーになったのは2000年、保守派のブッシュが当選した大統領選以降のようです。

それ以降、レッド・アメリカとブルー・アメリカという言葉が生まれてきます。ただ単に支持政党の話だけではなく、ブルーアメリカは都会でレッドアメリカは田舎、都会はリベラルで田舎は保守、といった意味合いも含まれます。

「Red Americaにはいたるところに教会があり、Blue Americaにはいたるところにスターバックスやエスニック・レストランがある」

という言葉がアメリカの状況をよく表していると思います。

ちなみに特定政党への支持傾向の強くない州は、パープル・ステートとか激戦州という意味のスイング・ステートと呼ばれます。だから大統領選はパープル・ステートの選挙結果で大きく揺れ動くんですね。

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アメリカの問題は黒人差別、有色人種への差別だけでなく、女性蔑視、異教徒差別、富裕層と貧困層の格差の激しさなど他にもたくさんあります。

黒人差別問題について、アメリカの学校では子供の頃から学ばせて「黒人差別はいけませんよ」と教えるので、オバマの時はその刷り込みからパープル・ステートが民主党に傾いたのではないかと思いますが、今回の選挙では大っぴらに問題視された歴史のない深い闇を、未だたくさんの人が心に抱えていることが浮き彫りになったのではないでしょうか。

アメリカは変わらないのか

Address to the Nation. Oval.

2001年から2009年の任期を務めた、保守派で知られるジョージ・W・ブッシュ元大統領は就任中、こんな迷言を残しています。

There’s a lot of people in the world who don’t believe that people whose skin color may not be the same as ours can be free and self-govern. I reject that. I believe that people who practice the Muslim faith can self-govern.
I believe that people whose skins aren’t necessarily… are a different color than white can self-govern.

「我々と違う肌の色の人間も自由であり自治ができると思ってない人がたくさんいるが、 私はそうは思わないヨ。イスラム教を信じてる人たちも自治ができると思ってるんだから。肌の色が別に、ほら、白じゃなくてもね、自治ができると私は思ってるから、ホントに。」

ブッシュの言う「我々」っていうのはアメリカ人で、そのアメリカ人=白人で、有色人種には自治ができないとたくさんの人が思ってるって彼は思ってるわけですね。ヒエ~。

ブッシュは他にも同性愛者を“Sinner”罪人と呼んだり、まともな精神の持ち主じゃないとか言っていますけれど、差別的な発言やヘイトで問題視されているトランプと比べると当時はそこまでキッチリ取り上げられていなかったように思います。

2016年になってもアメリカ人はトランプを支持している。

でも、インターネットユーザーの増加に伴って差別やヘイトに反対する動きが活発になってきているのも事実です。

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「大統領の執事の涙」の主人公セシルのように、何も言わないけれど誠実であること、良き友人になることで社会を変えていく人もいて、セシルの息子のように高らかに自由を叫び、差別に抵抗し続ける人もいます。

それは歴史の上でも、きっとこれからも、北風と太陽のように存在していきます。

わたしたちがこの世を去る時、世界は一体どうなっているのだろう。より良い世界を残すために一体何ができるのだろう。

少しでも多くの方がこの映画を観てそんな気持ちを抱いてくれますようにと願いながら、この記事を結びたいと思います。

おまけ

「大統領の執事の涙」はキャスティングも見どころです。特に歴代大統領たち!もうみんなすっごく似てるんですよ!面白いほどに!

ちなみにアイゼンハワー大統領は亡くなってしまったロビン・ウィリアムズが演じています。

他にもロックスターのレニー・クラヴィッツが執事仲間を演じていて、全然執事っぽくないのに意外と様になっていたり、マライア・キャリーがほぼスッピンで幼少期の主人公の母親を演じているんだけどあんまりにボロボロのおばちゃんだから最初気付かなかったり。

テンポも良く、公民権運動も血なまぐさくない程度に描かれているので、アメリカ史をさっと学ぶのにも良い映画ですよ~!

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